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巨大祭祀施設の塀跡出土 御所市の秋津遺跡(産経新聞)

 奈良県御所市の秋津(あきつ)遺跡から、4世紀前半の前例のない構造の塀跡が見つかり、県立橿原考古学研究所が20日、発表した。分厚い板と丸太を組み合わせた堅牢(けんろう)な造りで、豪族の巨大な祭祀(さいし)空間を方形に囲っていたとみられる。遺跡は5世紀以降に古代豪族・葛城氏が支配した葛城地域にあり、研究所は「初期大和政権(3世紀後半〜4世紀中ごろ)期に、葛城地域にも一大勢力が存在したことを裏付ける初めての資料」としている。

 遺構が出土した塀は、その形状から、大阪府八尾市の心合寺山(しおんじやま)古墳(5世紀前半)で見つかった「囲形(かこいがた)埴輪」のモデルになったとみられ、実物の存在が初めて確認された。

 塀跡は南北に3基分が出土し、北側から(1)東西30メートル、南北14メートル(2)東西40メートル以上、南北18メートル以上(3)東西23.5メートル、南北3メートル以上。いずれも幅約20センチの溝の両脇に、一対の柱穴が1.8〜2.6メートル間隔で見つかった。溝とほぼ同じ厚さの板を並べ立てて横木で固定し、両側を丸太で補強したと推定される。塀の高さは2メートル前後とみられる。

 2基の塀跡の内側からは、塀とほぼ同時期の掘立柱建物が2棟ずつ見つかった。出土遺物は馬の歯など祭祀用の品が全体の6割を占めているという。

 秋津遺跡は、葛城山と金剛山の東麓に広がる扇状地帯の平地。葛城氏の始祖、葛城襲津彦(そつひこ)が被葬者とされる前方後円墳、宮山古墳(5世紀初めごろ、238メートル)から北東約1キロと近く、詳細が不明だった4世紀の葛城地域(御所〜葛城市)を知る重要な資料になりそうだ。

 現地見学会は24日午前10〜午後3時。

 和田萃・京都教育大名誉教授(古代史)の話「外から見えないように遮蔽(しやへい)された祭祀空間だろう。巨大で手が込んでいる。これまで知られていなかった葛城氏の初期の拠点と考えられる。4世紀前半の大和盆地に、“東の纒向(まきむく)、西の葛城”の二大勢力があったことがはっきりした。葛城氏が王権と対等な力をつけていく背景を知る手がかりになる」

 ■葛城氏 葛城襲津彦(4世紀後半〜5世紀初めごろ)の娘・磐之媛は仁徳天皇の皇后で、履中、反正、允恭の3代の天皇の母。大阪・河内地方に巨大な前方後円墳を造営した古墳時代中期(5世紀)の王権を支え、絶大な権力を持った。対朝鮮外交で力を蓄えたといわれるが、実態は謎に包まれている。

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